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2010年03月24日

海外生活のススメ(28)  異文化摩擦

 中国にいる日本人は、正直な話、そのほとんどが中国人と信頼関係を構築することは難しいと感じているだろう。では、中国人は日本人に対しどう思っているかというと、私の目から見たら初めから良い関係を築こうという気持ちがあまりないように感じる。これは大げさな言い方だが、社会観や人間観が違うからだと思う。

文化の違いは簡単には乗り越えられない。そうでなければ、異文化そのものが問題にならない。文化は重要な意味を持つ行動様式の理解を可能にするから、人に安心を保障するが、元来ローカルなもので他の国の人には分かりにくい要素を含んでいる。だから、外国へ行けば最初はいろんなことがよく分からないし、簡単には馴染めないのが普通である。

まして、現地の人と信頼関係を結ぶとなると、文化の理解や違いを乗り越える強い動機がないと、そこまでには至らない。互いの違いがプラスに働くような関係となるとさらに難しく、余程の思いを共有していないと無理であろう。在中の日系企業は、価値観、態度などを教育して企業文化を作り上げ、個人と会社とが信頼関係を築けるように工夫しているが、目立った成果を出すまでには苦労が多いようだ。

それにしても不思議なのは、日本は戦後、ずっとアメリカの言いなりになって来たのだが、そこに異文化摩擦はなかったかのだろうか。アメリカの政治力や社会進化論などによる独善的な考え方で劣等感を植え付けられて、抵抗する気持ちを失くしてしまったのだろうか。摩擦というとマイナスのイメージがあるが、摩擦があるからこそ自己の欠点が分かったり多様性を活かしたりできるのに、言いなりではそういう良さは出て来ないだろう。


写真) 杭州バスセンター近くのマンション群。交通の要地になると発表されて、人々が野菜を買うように部屋を買ったという。



2010年03月17日

海外生活のススメ(27)  田舎のようす

最近の中国の発展は、本当に目覚しいものがある。私が中国へ来た8年前と比べても、その後の変化は凄まじい。上海市、杭州市などでは再開発により大々的な都市化が進められており、1年ぶりぐらいに行くとすっかり様変わりして、場所が分からなくなるくらいである。

 一方、少し田舎に行くと、まだ昔の中国らしきものが残っており、昔の日本の状況と似たところがあって懐かしい感じがする。しかし、ゆっくり田舎の雰囲気を味わいたいと思ってぶらぶら見て回ると、たいがい村はずれにゴミが無造作に捨てられており、せっかくの気分が台無しになる。

中国の田舎では、ゴミを穴を掘って埋めるか、河原など利用価値の低い場所に捨てることが多い。その上、地区によっては都市部のゴミが運ばれたり、有害物質を出す工場が田舎に追いやられたりして、生活環境が悪化している。都市部の住宅が高騰しているが、その原因のひとつは田舎の生活環境の悪化で、住民が逃げてきているからだと言われている。

中国は、経済発展も凄まじいが、環境破壊も同じようなハイ・スピードで進んでいる。政府は環境対策や農村政策に力を入れるようだが、環境問題の難しさは全体の関心と個別利害が一致しないところにあり、調整に時間が掛かれば破壊が更に進んでしまう。made in Chinaは値段が安いが、環境負荷を考えれば粗末に扱えない。


写真)子羊を食べる若者たち。中所得層は、週末に車で近くの農村に行って、田舎料理を食べて楽しむ。(場所:杭州市郊外)



2010年03月08日

海外生活のススメ(26)  海外向きの人

中国人は個人では強く集団になると弱いと言われるが、この見方はたぶん当たっている。中国人の個人としての強さが、どこから来るのかよく分からないが、他人との紐帯が弱いことが関係しているように見える。逆に日本人は個人では弱く集団になると強いが、これは中国人と違って他人との関係を重視するからではないかと思う。

 このように中国人と日本人は正反対であるので、日本人の目には中国人があまり良く映らない。しかし、海外では温州人の例に見られるように、中国人は利害が一致すればその団結力は強固であり、逆に日本人は海外で組織の一員として活躍できても、個人は団結力が弱く威力をあまり発揮できない。

してみると、中国人は海外向きで、日本人は国内向きなのだろう。海外に出ると、最初は知り合いもなく、まずは個人としての強さが要求されるが、日本人は小さい頃から他人と協調することが美徳とされ、個人としての強さを磨くことに重点を置かないので海外に向かないのかも知れない。

だから、日本人は一般に国内で生活した方が良いと思うが、国内向きでない人は海外に出ても何の道損はないし、もし海外向きであれば希少価値である感じがする。海外では長く居ても頼れる人が少ないからそれなりの覚悟が必要だが、自己責任だけの生活は気分的に楽だし、日本にいるよりも自分のことが分かる気がする。


写真) 温州のメガネ工場。大学出は就職難だが単純労務のワーカーは不足気味で、今回の不況でも人件費が上がっているという。


2010年03月01日

海外生活のススメ(25)  中国の正月

旧暦の正月は、中国では年中行事の最大イベントで、正月が近づくと人々の表情が何となく変わって来る。たぶん、故郷で誰に会うとか土産を何にしようかとか考えて、生き生きして来るからだと思う。正月の午前0時には悪を追い払い幸運を呼び込むために、たくさんの花火が打ち上げられる。街中で一斉に打ち上げるので、360度全方向に花火が見える。花火の多さ、大きさを見ると景気の状況が分かると言われる。

 中国人が、正月を殊更楽しみにするのは、かつての日本もそうであったように、正月に新しい服を下ろして、いつもは食べれないご馳走があるからである。しかし、最近は正月のようすが変わって来ているという。経済が発展して人々の生活が豊かになり、新しい服もご馳走も日頃得ているので、正月がさほど特別でなくなったからである。また、裕福な家庭は正月に家族で旅行したりするようになっている。

 正月がさほど特別でなくなって来ると、特に子供にとってはお年玉をもらうこと以外にはあまり楽しみがない。一方、親たちは親戚同志で子供の成績を比べ合ったり、子供がどんな学校に入ったとか出世したとか自慢話をしたり、親戚の子の節介をやいたり、小遣いの額で親孝行の度合いを話題にしたりして過ごすようだ。

比較されたり節介をやかれたりするのはいい迷惑だと思うが、中国の子供たちはあまりそういう意識がなく、結構受け入れているようだ。価値観が多様化して来るともっと面白いと思うのだが、一つの価値観ではどうしても優劣を付けるだけの話になってしまう。日本でも似たような光景がまだ見られると思うが、正月は気持ちを入れ替えるためのものだろうから、人が自由に自分の夢や希望を語れる方がいい。


写真) 温州では、今も安い三輪車が人々の交通手段の一つとなっている。